今日はいろいろ試行錯誤をした日

今日は、
昨日、現実に同年齢の赤ちゃんと触れ合った時の反省点を踏まえて、いろいろ試行錯誤した一日でした。



・私が息子につねられたり引っかかれたりするのは、ワザとじゃないことがよく分かっているから、笑って流しているのだが

同じことを同年齢の友達にやってしまうと
とても痛いので

「痛いからやめてほしい」ことを、息子が分かるように伝えてあげないといけないと思った。




つかまれた時に、痛がってみたり、
つかむのではなく優しく撫でるんだよと繰り返し教えてみたりしたが、あまり改善は見られず。


手と指の動きを見ていると、手を開いて柔らかく横に動かすのはまだ難しい様子。出来ても、力が入り気味。なでるというより叩き押し?のようになるので友達との絡みでハラハラするのは変わらないレベル。



物をつかむような指の動きは得意で、
モンテッソーリ的に考えると今は「つかむ」を習得するためにひたすらそれを練習している段階。


それが分かった時点で、「つかむ力を弱めに強制したり、つかむ動作を禁止するのは、どうなんだろう。子どもが集中して ある動きを習得するのはその一定期間しか無いことなのに。」という思いがよぎる。

しかしそこで「発達上しかたないことを『ダメだ』と言うのは常識やシステムのほうに問題があるのだから、出来ない」と諦めたら、
その常識の中で今その段階にいる息子を救ってあげることができなくなるので、


次は、息子が主人にギュウギュウつかみかかっているタイミングで、「痛くしてごめんね」と、「優しくなでなで」を主人に向かって一緒にやることで教えてみる。


その後、「なでる動作が難しくてどうしてもつかんでしまう」のは変わらないが(これは、発達段階として仕方ないことである。)、つかむ動作が、「ツメを立てないように努力する変化」と、「柔らかくつかもうと努力する変化」が見られる。


私自身が痛がるより、主人に対して、一緒に「痛くしてごめんね」と「なでなで」をやるのが一番効果があるようだ。


いままで私が、主人につかみかかる息子をみて笑ってしまっていたのも、悪影響だったと思う。
力いっぱいつかみかかることに悪い印象がなくなり、むしろ楽しいことだと認識させてしまっていた。


今後は、日々、主人と息子の触れ合いの中で、お友達と良い関係をつくれるように、接し方を一緒に練習していく。
また、現実の触れ合いでは、あらかじめ「強くつかんでしまう段階にいるので、止められずつかんでしまったらごめんね」を相手の親子に知らせておく。
などを対策として考えた。



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ちなみに、この「心配事」を主人に話したところ、相づちを打ちつつも「そんなのいちいち教えなくても子ども同士で遊ばせて泣いたり泣かされたりして学べばいいと思う」という意見が顔に書いてあり、
「なるほど、それもそうだな」と思ったがそれと同時に、
心理や状況の感覚が敏感なCにはそれが耐えられず無理なことも悟った。


つまり、これも適材適所なのであった。

「泣いたり泣かされたりして学べばいい」と感じ、そうできるタイプはおそらくCのような細かな分析と対処が苦手なはずで、

どちらが良い悪いではなく
出来ないところをフォローしあうように考えるのだ。

友達との遊びは親がやらねばならない、親がやるものという常識を取り払い
公園などに「遊びマスター」を配置し子ども達を遊ばせても良いだろう。

もちろん親がやりたければ今までどおりやれば良いし、しかしそれができない親にも、子どもを最適に遊ばせる場所と機会を用意するのだ。



今でも、大きな公園でたまに見かける遊びマスターのような存在(◯月◯日にデイキャンプしましょうとか募集が貼ってある)に、
子どもの発達と特徴などを資料として取り入れてもらうような形だ。

単にこれはダメとかあれをやれとか言うのではなく発達やタイプの特徴に配慮した引率になる。

子育てにおいても、
考えるのが得意なタイプは考え、現場が得意なタイプは現場をやればよいのだ。


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以上、
今現在においての対策と、未来の対策。



親がスポーツ選手などで、つかんだり倒したりを日常的にしている場合、
「それが得意で好きな人のために、それをやってOKな場所が作ってあるから、そこでやるんだよ。
ふつうの人を相手にやったら、相手が嫌な思いをするけど、それが好きな人が集まっている場所だから、やっても嫌な思いをしないんだよ。
得意で、上手な人どうしがやるのを見てもらい、みんなに楽しんでもらうんだよ。」と教えるのが、矛盾が無いと思う。