つぶやき色々

息子の手術日が決まりました。
入院は苦手です、パーソナルスペースが侵されまくりますし、
(私からすると)矛盾に満ちたシステム内で過ごさねばならないストレス、
そして、コピーや迎合など「謎のクセ」を持つ人々の会話に、入れ替わり立ち替わり大量に巻き込まれるからです。
(これを変だと感じツラくなるのは私の主観であり、これらが悪いわけではありません。しかし全体を良くするためには、改善点はいろいろあります。)
 
入院はとても苦手ですが、
でも繰り返し経験するということは
前回よりは、学び成長した自分で新たな学びを得られるはずなので、挑戦しようと思っています。

子連れ入院である、ことも、新たな学びの予感です。人間のタイプ別を理解してから挑む子連れ付き合いには今までに無い学びが大量にあります。


どうやら息子は、私が何を望んでいるかを敏感に察知し、望みどおりに動こうと努力する性質のようなので、
たとえば先日の、友達をつかむつかまないの件も「教えたからできる」のではなく「私が嫌がったからやらない」の回路なので
それが分かっているから、上手な付き合いを、やろうと思えばかなり楽にできるのではないか、と思いはじめています。
問題は、私の中に、私の希望で子どもの動きをコントロールしたくない(なるべく本人の意思を尊重したい)の思いが強いので、楽になるかどうかは結局、私が自分の希望をわかりやすく出せるかどうか、という、自分との戦いになるのです。
Cである私は、私の希望を子どもにやらせることをすごく悪に感じてしまいます、(それは、自分がやられたくないから。)しかし仮に息子がDである場合、「相手に合わせることが能力」であるDの望みは「私の希望を叶えること」になるので、むしろきちんと希望を伝えたほうが息子も動きやすいのです。
ただ、何度か話してきましたがCの初期はDによく似ていて、「察する力が優れているから相手を優先しがちだが基本的には自分で考えて動きたいタイプだから相手に合わせているとだんだんウツになる」という、「一見Dのように相手に合わせるが本当は合わせるのが苦手なC」の可能性があるので、
この「相手に合わせる性質」が、「Cの初期」だった場合を常に考えて、希望の押し付け(子どもがCの場合は、子どもの意思を確認しないことは「親の特権を使った押し付け」になる。)押し付けは必要最低限に留めたい。というところです。


以前可能性として挙げた、Aである可能性についてですが、
パターンをコピーしているというよりはひたすら様子を見て、「私が何を希望しているか」を彼なりに考えて動いているので、やはりCかDのどちらかかなあという感じです。
もちろん通常の赤子の発達として大人を真似る行為はありますが、それとは別で、「ある状況に対してどう動くか」の話です。
息子が行う「観察&思考」の様子がもしAの初期だとすると、この先どの段階でこの「観察&思考」(状況を読む能力)を無くし、状況や相手が変わっても同じパターンを繰り返すようになるのかが、今の段階ではまだ分かりません。

ただ、ヒントとしては
帰りの駐車場管理人の台詞がパターン化しすぎて歌のようになっていたことから、
成長過程において、考える必要がない&それが繰り返される環境に長く育つと、観察&思考の能力が極端に退化するのかもしれない(もしくは発達しない)、という仮定もできます。
Aの、「ある一つのパターンをコピーするとそこからなかなか変化が起きない」、という特徴から、親もしくはそれ以外の保護者的立場の者のしつけが強烈である可能性(「とにかくそれさえ見ておけば万事OK」の期間が長かった。つまり特定のパターンに従うことが安全に生きるコツだった)というのが、ひとつ。
ただし、同様の環境においてもC(いったん病む)、D(静かに従っている)になるパターンも例をみているので、あくまでもAになる素質(状況把握能力が弱い等)はもともとあり、育つ環境がそれをマイルドにするか強烈にするかを決めるのだと思う。



人の持つ「謎のクセ」を見抜くスピードが以前より上がってきました。
一見すると悪意にしか見えない言動でも、原因と構造が分かるとその分、ストレスを感じる時間が減るので、体の衰弱を抑えられます。
言動の構造が分かっていると、反撃が予想される場合でもそれは「定時になると流れるお決まりの放送」に過ぎないことを理解できてきたので、その放送が終わってから、自分の言うべきことを(以前よりは)言えるように、なってきました。
また、見栄を張り、外聞を整えているような言動に巻き込まれた場合も、
それがコピーに過ぎないことが分かれば、その奥の善意を感じ取りその人物に好意を持てるようになってきました。



謎のクセがある、とか散々書いていますが私自身も大変クセのある人間なので周りは辟易するだろうと申し訳なく思っています。特にしゃべりは苦手で、適当な話に適当に合いの手を入れるくらいならどうにかなりますが、言うべきことを言うときほど、本来の堅い思考(論理的すぎる)が前面に出て、あまり良い結果になりません。
しかし今日、かみ合わない構造が理解できたので今後はもう少し上手く対処できそうです。
たとえば
①禁煙でイライラされるのが、つらい
②「イライラしないでくれる?」と言う
③「出来るくらいならやってる」とか「そう言われたってこっちは迷惑だ」とかのケンカになる
④-1 ケンカが激化して終わる。
④-2 ケンカを経て仲直りし、どうすべきかを二人で考える
⑤両者から、具体的な対策案が出る。たとえば「禁煙外来に行って、イライラしないようにプロに頼ってみよう」など。
私は②③④は無駄に感じるし、強い否定のやり取りが苦手だから②③④を飛ばして⑤を最初に言うのです。
しかし相手(Aタイプ)がコピーしているパターンが①~④-1の会話なので、⑤を言っている私に対して①~④-1の返答をします。
だから会話の趣旨がかみ合わず、平和な解決策を出している私に対して、解決につながらない文句を延々と言ってくるように感じ、なぜ解決を妨害するのか、この会話が為される意味がわからないのです。
が、表面はそのようであっても相手の本心は「仲良くしたい」なので、コピー再生される①~④-1を「定時の放送」として聞き流しながら仲良くなる方向に会話を持っていけば良いのです。
今日は、聞き流す必要があると理解しながらも多少引っ張られて巻き込まれたので、聞き流すことが、もう少し上手くなればストレスが少なく対処できると思います。



クセがある医師について、Cの私がどう見ていたかを書くと
初日に医師が、患者の子どもを探して部屋をウロウロしている場面に、偶然出くわして、目があってしまった。
医師からすると、「医師として情けない場面を見られた」と感じたようで診察時に必要以上に威厳を出そうとした結果、夫を怒らせるくらいの感じ悪さになってしまった。
次の診察の数日前に医師から電話が2回入るがタイミングが合わず出られなかった。その後の診察では会議と病棟の診察という理由で数時間待たされる。
待たせる旨を伝えにきた看護師の空気と、診察室に入り真っ先に電話に出なかった件を言ってきたことから待たせたのはまたもや医師の威厳を保つパフォーマンスである可能性を感じ、大量の迷惑を多数の患者にかけながら威厳を保とうとする行為に軽蔑を感じたが医師の眼光や態度から察するに本人が威厳を保ちたいと願っているというよりも「医師たるものそうあらねばならない」もしくは「それが普通」という誤った学びをしている可能性が高く、本人の意思ではなく、コピーの再生、もしくは「その環境のスタンダード」を忠実に実行している、であることを理解する。
今日の診察は時間どおりきっちり行われており話し方は多少、無駄な威厳を出そうとするため感じが悪いのだが医師の眼光は非常に親身で子どもを治してあげたいという思いを感じるものだったので、
私からみると異常に感じる、彼の「医師の威厳にまつわる言動のあれこれ」は全て聞き流すべき要素であり本質は親切な医者であると認識した。
入院時にはもしかしたら、日本のドラマ「白い巨塔」なみのゾロゾロ手下を連れた回診をやるかもしれないという危惧もあるが、そうだとしてもそれもまた彼が覚えた医師の威厳とやらに過ぎないので、彼の本質は親切な医者なのである。