ダメ!について思うこと

子どもに「ダメ」を言うのは絶対にいけない、というわけでは無いし、ダメ一喝のほうが効果的な場面もあるだろう、
しかし、ダメ!を使ったあとは、落ち着いてからで良いから「なぜいけないのか」を、イライラせずにきちんと説明することは、どのタイプにも必要だと思う。


話ができる年齢の子どもなら、そのタイミングで、自分がなぜその行為をしたのかを、話すことも出来るだろう。
(大人が思いもよらない、
本当は怒るべきではなかったステキな理由が、あるかもしれないのだ。)








思い出すのは、単発バイトで工場勤務をした時のことである。
空気の噴射で体のゴミを散らす機械が入り口に設置されていて作業場に入るにはそこを必ず通らねばならないのだが、扉の構造が、初めて使う者には若干分かりづらい構造だった。
四苦八苦して使用し作業場に入室したが開け閉めの手順を間違えたようで普通なら閉まるはずの扉が閉まらなかった。
その場ですぐに、人を呼び「閉まらないのです」と言えばよかったのだが(言ったところで結果は同じだったかもしれないが)
とりあえず人のいる持ち場に戻ったところで「扉が開いている」と騒ぎが起きる。
「あ、私です、すみません使い方がよくわからなくて、」と言いかける私の声をかき消しながら「ドアは閉めなきゃいけないんだよ!!」という怒号。
目が点になってしまった。一体なんなのだろう、初めて来る人間への配慮というものも無く、相手の話を聞くつもりも無く、なぜ閉めていないのか、閉められるかどうかも確認せずに「閉めなきゃいけないんだよ!」で済ませるザツさ。
相手が、この場が初めてであるという事情を無視し、
悪意でやっているわけでもないのに怒鳴りつけるという最悪な対処、
閉め方が分からない相手に「閉めなきゃいけない」と怒鳴るだけでは何も解決しないしそもそも怒鳴る必要もないのだ。
おそらく状況がよく分からないタイプでこの人物もまたこうやって教育されてきたのだろうと考えてその場は流したけれど、

ここまで極端でなくとも、「状況が分からない」とはこういう事を日々繰り返す大人になるわけで
次世代を担う子どもたちを育てたり
地球を健全に維持していくためには
やはり状況判断能力はそれなりに必要なのである、
わざわざキンキンに鍛える必要もないし(キンキンになる人物も必要だがわざわざそうしようとしなくても自然とそうなるしキンキンにはキンキンの弊害があるから。)また、優生学かのように、状況判断能力以外の才能をすべて無能だと切り捨てる気などもちろん全く無いけれど、
基本的にその子に備わっている状況判断能力を、退化させるような「ダメダメダメ!教育」はしてほしくないのだ。

まあそんなことを言っておきながら、余裕の無かった一人目育児では、私もおそらくダメダメをやっているのである。その反省を二人目に活かしたいと思う。