虐待ネグレクト気味だった、夫の会社グループのその後と、見えてきた私の課題。

①状況把握
一丸となっていた状況が、回を追うごとに、ばらけてきた。
家族1と家族2が、始めは同じように、虐待ぎみ?の子育てをしていたのだが
2回目あたりから、一番きょうれつな、家族1の夫(Aタイプ)が私の空気になびきはじめたので、
それに釣られて、家族2が全体的に私になびく。
その影響で家族1の夫がさらに、こちらになびき、
状況がばらけてみると、
全体の虐待ネグレクト空気を引っ張っていたのは、なんと、一番影が薄めだった家族1の妻なのであった。
家族1妻が何タイプかはまだ分からないが
彼女が育った環境が虐待ネグレクトだと思われ、それ以外の接し方をうまくやれないようだ。(ということは彼女もAということか?まだ分からない。)
配偶者との接し方も、素直には愛を表現できないようで
ちまたにもよくある、「存在が身近になるほど素直になれなくなる状態」の、強めバージョンのようである。
彼女自身は私に合わせたいのだが、夫と子ども(特に長男)には虐待ネグレクト的な自分しか出せなくなるので、次第に私の空気に傾きつつある全体状況と、息子を前にすると虐待ネグレクトに戻ってしまう自分との間で、彼女自身が引っ張り合いになっている、と感じる。



②家族1妻をみて思う、私自身のこと
私自身も、私の長男には、
「親が子どもに甘えた子育て」(親として、自分の感情をコントロールする努力をせず、自分の苛立ちなどを子どもにぶつけ放題の育児)をした時期があるので、
その名残で彼に対しては若干、素直に愛情表現をしたり、親切に接するのが苦手なのだが、

(あからさまに冷たくなる、とかではないが、なんとなく、彼が求める本気の愛情表現を避ける?ようなところがあり、改善中である。
彼の自由を尊重するのは得意なのだが、私主導で何かをしてあげるとか、愛しているよと伝えるとかが、苦手である。しかしおそらく長男が求めているのはそういう愛情である。
こういう課題が現れるということは、もっと自分に自信を持つ必要がある、ということかな、とも感じている。
状況が読めるタイプがこれらを積極的に行う場合、そうとうの自信を必要とするからだ。自分が相手に愛を表現しても、押し付けにならず、相手の迷惑にならないという自信である。自信を持つというよりこれは、心理学的にいうと「愛を受け取る勇気を持つ」が正しい表現かもしれない。)

長男の人生を考えて、
いまだにそういう状態にある自分を変えるべく、今まさに努力をしているところだ。

彼女の場合、自分も虐待ぎみに育てられてきたから、自分がされたようにしか接することができない部分もあるのだろうけれど、

自分と子どもは別の人間なので、子どもの人生を尊重して、もう彼女が変わらねばならない時期と思われ、いま私と知り合っているということは、彼女もその課題から逃げられないだろう。




③私を、Aが助けてくれる
私は虐待ネグレクト育児には絶対に同調しないし、彼らと無理に付き合うつもりも無いので、いつでも身を引ける状態にあり、
そういうスタンスの私と付き合いたいと望む場合、どうしても、向こうが変化するしかない。

今は、私の夫という強力なAタイプが、私の強い味方として私の育児を強調してくれる。
(とても心強く、惚れ直している。昨日も書いたが、「僕が同じになって助けてあげる」の愛にグッとくるのだ。)
私の夫に釣られて、彼女の夫Aタイプも、こちらになびきつつあり、状況は刻々と、虐待ネグレクトから、こちら(愛)に変化しつつある。
私一人では、場の空気を変えるまでには至らないので、夫には本当に感謝である。


「男はツラいよ」という映画の題名を思い出す。
既婚男性Aタイプが特殊な人格の場合、
育った環境の影響もあるが、それ以上に彼の妻が影響していて、
妻が家庭でそのような振る舞いをしているので、彼がそれをコピーしてそういう人格になっている場合が、多いのである。
そして、原因である妻よりも強烈になり、まるで最初から自分が元凶であるかのように、なる。夫の両親もしかりだが。


Aタイプの見本となる自分は、これをコピーした彼の幸せをも、きちんと考えられる自分でいたい。





④私のトラウマ

私がなぜLINEを返さないのかを、家族1が夫婦でしきりに探っていたけれど、直接言葉にして聞かれるまではシラを切り通す。
気にしているのを気付いているから、シラを切るのは精神的に負担だが、通常は言葉にされるまで答えないものだろう。
こういう時に、「私が気付いたタイミング」でこちらから話題に出して、やぶ蛇で失敗することは何度も何度も何度も経験してきた。
Cの気付くタイミングは他タイプからすると超能力みたいに先取りしすぎで時差が大きいのだ。よって
「そんなこと気にしてないのに何を言ってるの、気にしすぎだよ」とかのセリフを、気にしていた張本人からいわれて逆に私のほうが、「気にしすぎの変な人」という空気になるのである。もう、そういうのはうんざりだ。

直接聞かれる、または、それっぽい話題のときにさり気なく、「しゃべるのが得意じゃないので会話っぽいツールのLINEが苦手なんです」と言ってみようと思う。(LINEは会話の終わりどころが分からなくて、会話中ずっとハラハラして心労を感じるのは本当のことである。)
そうすれば返信しないことを疑問に思わなくなってくれるだろう。




⑤まとめ
ツラツラ書き綴って(吐き出して)、だいたい整理ができたけれど、
つまりは、
自信を持って自分の愛を表現する、
自信を持って自分自身を表現する、
相手の愛を受け取る(自分が、愛されるべき存在であることを、受け取る。)

自信を持つ、愛を受け取る、という事が、
私がこの集団で学ぶべきことなのだ。