私は、私の幸せを、もっとガンガン感じなければならない。

なぜ前記事を書いたのかというと、

先日、
オリンピックが無観客になった影響で、確保したホテルを社員に無料宿泊させるという通知が主人の会社から来たのだが、
わが家は空いている日と予定が合わず泊まれなかったのである。
しかし、例の虐待ネグレクト家族はしっかり宿泊するのである。

それがなぜか、とても憎たらしかったので、
なぜ自分がこのような気持ちになるのかを調べたのである。

調べてみて、さらに自分を振り返ったところ
私は彼らが、普段から、テレワークを上手く活用して日々を楽しんでいるのが羨ましいのである。
同じ会社だからわが家も条件は同じなのだが、主人が真面目なので、彼らほどは在宅を活用できていないのである。
今回も、平日ならホテルも空いてるけど平日にバカンスするのは嫌だなと、主人が言ったのである。私はとても残念で、テレワークや、こうした得点を余すこと無く恩恵にあずかっている彼らがいつも以上に憎たらしかったのである。(この感情は、おそらく生理前という事情もプラスされているだろう。)

しかし客観的にみれば、彼らのようにテレワークを活用するのが正解なのである。家庭にストレスが溜まることで、未来に良いことは何も起きないからである。

しかし私は主人の真面目さを、もっと彼らみたいに家庭に尽くしてよとは言いたくないのである。
主人は主人なりに十分、家庭に尽くしてくれていて、仕事は仕事で充実したいのも彼の希望なのである。つまり私は、私の求める「テレワークの最大活用」を、私の一存や努力でどうこうすることはできないのである。

しかし羨ましいのは事実なので、そういう場合どう対策すれば良いのか方法を探したのである。

結果、私は、「私がすでに持っている幸せを、もっと感じる必要がある」のであった。

よって、私は、
私が、外部の刺激に頼らなくても、自分の身ひとつで何の変哲もない日常をいかに幸せにできるかを、激しく自覚しようと試み、

「何の変哲もない」どころか「下手したら修羅場になるシーン」でさえも私は幸せに転換する能力があるのだということを、

私が持つ最大の幸福として、自ら書き出し、客観的に読むことで改めてこの幸せを目一杯感じてみたのである。

とても効果的であった。


また、実際私はこのようにして、コンディションが良い日も悪い日も同じパフォーマンスを維持できるよう工夫しているので、

「周りにあたるより自分の中で処理するほうがストレスが少ないが、自己処理することのストレスを抱えるのは避けたい」と思っている人の参考になれば嬉しいのである。

(個人的にはこのような工夫をしているが、
社会システムとしては、コンディションが悪い時は迷わず休めるシステムを作るべきである。)


こうしてストレス回避をしている今現在だが、せっかくの、息子のかわいい時期に、
今しかない、一分一秒が、とても貴重な、触れ合いの時期に、

かわいさと、幸せを、感じまくるべきなのに
ストレス回避でこの時間が過ぎてしまうのが本当にもったいないので、

次の生理前には、命の母ホワイトか、もしくはロキソニンで体をラクにして、
幸せを満喫できる状態に、自分を整えたいと、心から思うのである。