その他、思うことあれこれ

・柔道に関して。オリンピック現場の監督と選手がスポーツマンシップ的な良い方向に頑張ってくれてとても嬉しい。感謝。
しかし今回の現場がよくても「協会」としては、たとえばオリンピックの運営が、世論や私の意見で多少揺らぎつつも主導が森さんになりがちだったのと似たようなことで、
現場では一時的に頑張ってくれる人材たちも協会という場になるとその場をリードする人間に従うことになるので、「協会の人選の仕方から考え直す」ことは実施してほしい。
強かったから偉い立場に就く、の流れは基本的に撤廃。全体状況が読めるか、人の気持ちを理解推測できるか等、適材適所をみて人材を配置する。
状況・心理を読み最適なやり方を考える人と、現実のリーダーシップで引っ張る人はそれぞれ能力が違うので持ち場分担するのが吉だと思う。
柔道に限らず、様々なスポーツに共通して言えることのように思う。




・子どもの性教育「プライベートゾーン教育」について記事を読み思ったこと
物事によって何を優先すべきかの優先順位がそれぞれ違うので常にそれを考えねばならないと感じた。
つまり、今の過渡期には、「全体影響を考えてこうしなければならない」ことが多々、出てくるのだがそのやり方が、物事によってそれぞれ、さじ加減が違うのだと学んだ。気をつけたい部分である。

今回については
「性犯罪」というものが増えつつある昨今では上記教育が必須なのは分かる。が、これは現実には、大前提として「性犯罪が起きる社会システム自体を変えていく必要」があるわけで、「それを前提にして、そうなっていない今を、どう対処するか」という、一時的な対症療法の位置づけで、見るべき、と感じる。

この教育方法の場合、性犯罪がある社会が普通、の前提で子どもに普遍的禁止事項を作っているので、そこが本来の全体像とズレていて、
例えるなら、「普遍的価値観と勘違いした親による、受験を前提にした勉強の押し付け」に似た状況が予想できる。
つまり、現代の子育て状況でこの教育方法を取り入れすぎると「プライベートゾーンだからダメでしょ!」の、親による強めの押し付けが各家庭で起きやすくなる(大多数の親の精神状態を考えて、そう予想できる。)このことのほうが、より子どもの心に深刻なダメージを生むように思うのだ。

「プライベートゾーンは、自分が不快なら強く否定して良い場所だよ」ということと(性犯罪への対処)
「プライベートゾーンに関するあれこれは、嫌だと感じる人もいるから、嫌だと言われたら、やめてあげようね。」と知っておくこと、(多様性を知る・スキンシップのTPOを身につける)
全面禁止よりも、それくらいが、普遍的に使える概念かつ子どもの心に傷を与えない教育方法ではなかろうか、と感じた。

後日追記:
「プライベートゾーン」ではなく、正しくは「プライベートパーツ」であった。具体的には「口・胸・性器・おしり」を指す。
これらプライベートパーツが「大事なものだ」と知るのは良いとしても、家庭において例えばママのおっぱいを触った子どもにも「プライベートパーツだから触ってはいけない」の教育を徹底するのはどうなのか。
母性と愛情を求めているのだから、そこは教育優先ではなくギューッして愛に応えてあげて良いのではないか。人間の人格形成において、愛情不足を感じる状況をつくるほうが後々の害が大きいのではないか。
子どもが愛情を求める気持ちに十分応えてあげた上で、「嫌がる人もいるから、他の人のおっぱいを勝手に触ってはいけないのだよ」と「自分が触られそうになった時は、大事な場所だから触らないで、とハッキリ言っていいんだよ」、を教えてあげれば良いのではないか。
プライベートパーツに関する私の意見はこういう感じである。